2017/03
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百人一首 59♪
         ね           よ
やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて
           つき み
かたぶくまでの 月を見しかな (赤染衛門 あかぞめえもん)



『 読み方 』
ヤスラワデ ネナマシモノオ サヨフケテ 
カタブクマデノ ツキオミシカナ

『 現代語訳 』
「ためらわないで、寝てしまえばよかったのになあ。あなたを待つうちに夜が更けて、西山に傾くまでの月を見てしまいましたよ。」

※やすらはで・・・ためらわないで。「やすらふ」はためらう。
※寝なましものを・・・寝てしまえばよかったのになあ。「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形。「まし」は反実仮想(はんじつかそう)の助動詞。「ものを」は逆説的な詠嘆をあらわす助詞。
※さ夜・・・「さ」は接頭語。「夜」というのと同じ。
※かたぶくまでの・・・「かたぶく」は、月が西山に傾く。

約束を破った男への恨みごとを、本人にかわって詠んだ歌。

男が破ったのは、「今夜行くよ」という約束でした。
そういって期待させておきながら、男は来なかった。
その翌朝、朝まで待ち明かした女にかわって、赤染衛門がこの歌を詠み、男におくったというわけです。

約束を破った男は、のちに関白になる藤原道隆。
ただし、このときはまだ少将でした。24、5歳の若者です。
朝まで待ち明かした女は赤染衛門の姉妹。
この姉妹が、姉なのか妹なのか、また年がいくつで、どんな人だったのか・・・。
詳しいことは分かりませんが、赤染衛門は20歳前後であったと推定されています。



『 作者について 』

赤染衛門 (生没年未詳)

天徳2年(958年)頃の生まれかと思われます。
長久2年(1041念)までは生存。
赤染時用の娘。
藤原道長の妻、倫子に仕え、その娘の彰子のもとにも出入りした。
著名な文人、大江匡衡と結婚。
『栄花物語(えいがものがたり)』の作者かと言われる。
家集に『赤染衛門集』。

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