2017/06
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百人一首 53♪
なげ         ぬ  よ   あ   ま
嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は
    ひさ           し
いかに久しき ものとかは知る (右大将道綱母 うだいしょうみちつなのはは)



『 読み方 』
ナゲキツツ ヒトリヌルヨノ アクルマワ 
イカニヒサシキ モノトカワシル

『 現代語訳 』
「くり返し嘆きながら、ひとり寝をする夜の明けるまでの間が、どんなに長いものか、あなたはご存じないでしょう。」

※嘆きつつ・・・(夫の来ないことを)くり返し嘆きながら。
※明くる間は・・・夜が明けるまでの間は。
※いかに久しき・・・どんなに長い。「久しき」は形容詞「久し(=長い)」の連体形。
※ものとかは知る・・・「かは」は反語。「~か、いや~ない」などと訳す。「知る」の主語は夫。

『蜻蛉日記(かげろうにっき)』の作者、藤原道綱母が詠んだ歌です。
道綱母は「本朝(ほんちょう)三美人」の1人。
とびきりの美貌とすぐれた歌才で知られる女性ですが、本名は伝わっていません。

彼女は藤原兼家の第二夫人でした。
当時は一夫多妻の時代です。兼家には、正妻だった時姫という女性のほかにも愛人もたくさんおり、道綱母は、そのことが腹立たしくてしようがありませんでした

道綱が生まれて間もなくのころ。
彼女は、夫が他の女にあてた恋文を発見してしまいます。
夫が帰ってから人にあとをつけさせてみると、思ったとおり、また新しい愛人をつくっていました。
それも、名も無いような(自分もそうなのですが)、下町に住む女です。
嫉妬に怒りふるえた彼女は、兼家が来ても、家の者に門を開けさせませんでした。

すると、兼家はさっさとその女のところへ・・・。
その翌朝、「うつろひたる菊(色のあせた菊)」に添えて、夫におくったのがこの歌でした。

色のあせた菊は、愛情がおとろえたことを暗示しています



『 作者について 』

右大将道綱母 (937頃~995)

陸奥守藤原倫寧の娘。
天暦8年/954年、藤原兼家と結婚、翌年に道綱を生んだ。
本朝三美人の1人に数えられるほどの美貌と、すぐれた歌才で知られた。
夫との不如意な結婚生活を記した『蜻蛉日記』の作者としても著名。
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