2017/06
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百人一首 50♪
きみ     を         いのち
君がため 惜しからざりし 命さへ
なが       おも
長くもがなと 思ひけるかな (藤原義孝 ふじわらのよしたか)



『 読み方 』
キミガタメ オシカラザリシ イノチサエ
ナガクモガナト オモイケルカナ

『 現代語訳 』
「あなたに逢うためなら死んでも惜しくないと思っていた命までが、逢瀬を遂げた今は、末長くあればよいと思うようになりましたよ。」

※君がため・・・あなたとの恋が成就するためには。
※惜しからざりし・・・惜しくなかった。「ざり」は打消しの助動詞「ず」の連用形。「し」は過去の助動詞「き」の連体形。
※命さへ・・・命までもが。「さへ」は添加をあらわす副助詞。「~までも」などと訳す。
※長くもがな・・・長くありたい。「もがな」は願望をあわらす終助詞。「~であればなあ」などと訳す。

これは、はじめて女性と契りをかわしたあとで詠んだ歌でしょう。
義孝の歌を集めた「義孝集」。
その詞書(ことばがき)に、「人のもとより帰りて、つとめて(早朝)」とあるので、後朝(きぬぎぬ)の歌であることがわかります。
後朝の歌というのは、共寝(ともね)の翌朝、女性と別れたあとで、男性が女性のもとに届ける歌のことでしたね。

技巧を使わず、自分の気持ちをストレートに詠んだ歌ですね。
死んでもいいから結ばれたい ⇒ 逢瀬 ⇒ やっぱり死にたくない。
逢瀬をはさんで変化した自分の気持ちを、素直に詠みあげています。

ただし・・・。
以上は通説です。
通説は、「君がため」を「惜しからざりし」にかけ、「あなたと結ばれるなら死んでも惜しくはなかった」と考えています。
しかし、それはおかしいのではないか、という意見も出されているのです。

義孝はあつく仏教に帰依(きえ)していました。仏教では「来世(らいせ)」の極楽成仏ということを願います。
現世などどうでもいい・・・。
それが「惜しからざりし命」だというのですね。
つまり、「来世を思うと別に惜しくもなかった命までが、惜しいと思うようになったのは、あなたと結ばれたからだ」と考えるわけです。



『 作者について 』

藤原義孝(954~974)

謙徳公、藤原伊尹の三男。
三跡の1人、行成の父。
子供の頃から仏教への信心があつく、「生き返って法華経をよみたいから、火葬にしないでほしい」と遺言したという。
痘瘡(とうそう)にかかり、21歳で夭逝。
家集に『義孝集』がある。
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Author:クマコ
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