2017/05
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百人一首 47♪
やへむぐら     やど
八重葎 しげれる宿の さびしきに
ひと  み    あき  き
人こそ見えね 秋は来にけり (恵慶法師 えぎょうほうし)



『 読み方 』
ヤエムグラ シゲレルヤドノ サビシキニ
ヒトコソミエネ アキワキニケリ

『 現代語訳 』
「むぐらがいく重(え)にも生い茂っているさびしい邸(やしき)に、人は誰も訪ねて来ないが、秋だけはやって来たことだなあ。」

※八重葎・・・いく重にも生い茂ったむぐら。「むぐら」は蔓性(つるせい)の雑草。荒れた邸を形容するときによく使われた言葉である。
※しげれる宿・・・「る」は存続の助動詞「り」の連体形。「~している」などと訳す。「宿」は家のこと。
※さびしきに・・・さびしいところに。「さびしいのに」「さびしいので」と解する説もある。
※人こそ見えね・・・「こそ~已然形」で文が終わらないときは、逆説で後ろにつづくことがある。ここも、「人は見えないけれども」。「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形。
※来にけり・・・「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形。「けり」は詠嘆の助動詞。

作者の恵慶法師が河原院にいたとき。
「荒れたる宿に秋来(きた)る」という題で詠まれた歌です。

「宿」は家のことであり、宿屋とか旅館の意味ではありません。
ふつうの文章では「家」というのに、和歌では「宿」という。
他にも、鶴(つる)を「たづ」、蛙(かえる)を「かわず」と表現します。
この種の言葉を歌語(かご)と呼んでいます。

荒れ果てた家には人が来ません。
人が来ないのに秋が来た。
それがさびしさをそそるという、わかりやすい素直な歌ですね。



『 作者について 』

恵慶法師(生没年未詳)

10世紀後半の人。
詳しい経歴は不明。
播磨(はりま)の国の講師(諸国の国分寺に置かれた僧官)だったという。
「梨壺の五人」など、当時の一流歌人と交流。
とりわけ安法法師と懇意。
家集に『恵慶法師集』。
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