2017/08
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百人一首 46♪
ゆら      わた ふなびと   た
由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え
ゆくへ し    こひ みち
行方も知らぬ 恋の道かな (曽禰好忠 そねのよしただ)



『 読み方 』
ユラノトオ ワタルフナビト カジオタエ
ユクエモシラヌ コイノミチカナ

『 現代語訳 』
「由良の海峡をこぎ渡ってゆく舟人が、櫂(かい)がなくなって行方もしらず漂うように、どうなってゆくのか見当もつかない恋のなりゆきであるよ。」

※由良のと・・・「由良」は地名。京都府宮津市由良とも、和歌山県日高郡由良町ともいわれ、それぞれに根拠がある。「と」は「門」と書き、水の出入り口。瀬戸・海峡のことである。
※かぢを絶え・・・かじがなくなり。「かぢ」は櫓(ろ)や櫂(かい)など舟をこぐ道具の総称。「たえ」は自動詞「絶ゆ」の連用形で、「なくなる」という意。「を」は格助詞と見る説、名詞「緒(お)」で「紐(縄)」と訳すなど諸説あるが、ここでは訳す必要のない間投助詞(かんとうじょし)と見ておく。
※恋の道・・・恋のなりゆき。

先行きの読めない恋の不安を詠んだ歌です。
「由良のとを渡る舟人かぢを絶え」が序詞
「行方も知らぬ」をはさんで、文脈が2つに分かれています。

                            
由良のとを渡る舟人かぢを絶え 行方も知らぬ 恋の道かな
         

由良の海峡を渡る舟人の櫂(かい)がなくなると、「行方も知らぬ」という状況になります。
そのように、「行方も知らぬ」のが恋のなりゆき。

もちろん「  」の文脈が大切な部分です。
でもこれだけなら、別になんということもありませんよね。
「これからどうなっていくんだろう」なんて、恋をしている人なら誰もが持つ感想です。
その感想にかたちを与え、上手な比喩になっているのが「  」の文脈。

荒波の海峡で途方にくれている舟人。
潮の流れのただ中で、流れに身をまかすしかない舟の情景が、思い通りにならず、これからどうなっていくのか分からない恋の不安を、鮮明に映像化しています。



『 作者について 』

曽禰好忠(生没年未詳)

10世紀後半の人。
長く丹後掾(たんごじょう)をつとめたので、「曽丹後(そたんご)」「曽丹(そたん)」と呼ばれた。
官位が低い上に、自尊心が強く偏狭な性格だったので、当時の社交界にはいれられなかった。
死後、革新的な歌人から再評価を受ける。
家集に『曽丹集』。

※丹後掾(たんごじょう)
浄瑠璃語りのこと。
浄瑠璃を語ることを職業にする人。浄瑠璃太夫。
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Author:クマコ
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自然風景が大好きです♪

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