2017/03
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百人一首 45♪
              ひと  おも
あはれとも いふべき人は 思ほえで

身のいたづらに なりぬべきかな (謙徳公 けんとくこう / 藤原伊尹 ふじわらのこれただ)



『 読み方 』
アワレトモ ユーベキヒトワ オモオエデ
ミノイタズラニ ナリヌベキカナ

『 現代語訳 』
「私のことをあわれだと言ってくれるはずの人は思い浮かばないで、私は恋こがれながらむなしく死んでしまいそうですよ。」

※あはれ・・・本来は「ああ」という意味の感動詞。ここでは「かわいそうでいとおしい」という気持ち。
※いふべき人・・・いってくれるはずの人。
※思ほえで・・・思われないで。「思ほえで」は、「思ほゆ」に、打消の接続助詞「で」がついたもの。「思ほゆ」は思われるの意。
※身の・・・わが身が。「の」は主格の格助詞
※いたづらになり・・・「いたづらに」は、本来「むだに」という意味。生命をむだにするというところから、「いたづらになる」で「死ぬ」の意となる。
※なりぬべきかな・・・なってしまいそうだよ。「ぬ」は完了(強意)の助動詞。「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形。「ぬべし」で「~てしまいそうだ」などと訳す。「かな」は詠嘆の終助詞。

伊尹は上流階級に生まれ、容貌にも才能にも恵まれたプレイボーイでした。
その伊尹が、好きだった女性に捨てられた傷心を詠んだ歌

(私のことを)「あはれ」ともいふべき人

この「人」が誰をさすか、昔からいろいろな意見が出されています。
しかしここでは、「自分のことをわかってくれて、同情も愛情も寄せてくれる女性」と考えておきましょう。

そういう人は誰も思い浮かばないのですね。
そうして言外(げんがい)に、あなたしかいない、という気持ちがこもっています。
あなたに捨てられると、私にはもう誰もいないのだ、と。

さらに、

身のいたづらに なりぬべきかな

と続きます。
私はあなたに思い焦がれたまま、むなしく死んでいくにちがいない。
もちろん、「それがかわいそうと思うなら、もう一度戻ってきてほしい」
という気持ちがこもっています。



『 作者について 』

謙徳公=藤原伊尹(924~972)

伊尹は「これまさ」あるいは「これただ」と読む。
九条右大臣帥輔の長男。
貞信公忠平の孫。
正二位摂政太政大臣。
和歌所の別当として、「梨壺の五人」を監督し、『後撰和歌集』完成のために尽力。
家集に『一条摂政御集』がある。




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