2017/06
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百人一首 28♪
やまざと ふゆ
山里は 冬ぞさびしさ まさりける
ひとめ くさ       おも
人目も草も かれぬと思へば (源宗于朝臣 みなもとのむねゆきあそん)



『 読み方 』
ヤマザトワ フウゾサビシサ マサリケル
ヒトメモクサモ カレヌトオモエバ

『 現代語訳 』
「山里は都とちがって、冬になると特にさびしさがまさって感じられることが。
人も訪れることがなくなり、草も枯れてしまうと思うと。」

※山里・・・山あいの人里。都からあまり離れていない山荘というイメージ。
※冬ぞ・・・「ぞ」は強調。「いつもさびしいが、冬は特に」という気持ち。
※人目・・・「人の見る目」が原義。ここでは単に「人」の意。
※かれぬ・・・「かれ」は「離(か)れ」と「枯(か)れ」との掛詞。「ぬ」は完了の助動詞。「~てしまう」などと訳す。

この歌のポイントは、「人目も草もかれぬ」という部分にあります。
掛詞に気をつけて

人目 ― かれ(離れ)
 草 ― かれ(枯れ)

という二重構造になっています。
全体は倒置ですね。
人目も離れ、草も枯れぬと思へば、山里は冬ぞさびしさまさりける
というつながりになります。

文末の「ける」は「けり」という助動詞が変化(活用)したものですが、これは「気づきの“けり”」といって、新しく気づいたことに対する感動をあらわします。
「今気づいてみると~だったんだなあ」という意味。
山荘で冬を迎えた都人(みやこびと)の、「山里の冬のさびしさ」を発見した感動が、この「ける」にはこもっています。



『 作者について 』

源宗于朝臣(?~939)

光孝天皇の皇子、是忠親王の子。
源氏の姓をたまわって臣籍にくだったが、官位に恵まれず、正四位下・右京大夫にとどまった。
『大和物語』には、宗于が不遇を嘆いた説話が見える。
三十六歌仙の1人。
家集に『宗于集』がある。

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