2017/10
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百人一首 91♪
        な   しもよ
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに
ころも            ね
衣かたしき ひとりかも寝む (藤原義経 ふじわらのよしつね)



『 読み方 』
キリギリス ナクヤシモヨノ サムシロニ 
コロモカタシキ ヒトリカモネン

『 現代語訳 』
「こおろぎの鳴く、この霜夜の寒々とした筵(むしろ)の上に、私は衣の片袖を敷いて、ただひとり寝ることになるのかなあ。」

※きりぎりす・・・今のコオロギ。
※鳴くや霜夜の・・・鳴く霜夜の。「や」は語調を整える間投助詞。「霜夜」は、霜の置く晩秋の寒い夜。
※さむしろ・・・筵。藁(わら)・菅(すげ)などを編んで作った粗末な敷物。「さむしろ」の「さ」は接頭語。「さむし」の部分は、掛詞ふうに「寒し」を響かせてある。
※衣かたしき・・・自分の着物の片袖を敷いて。共寝のときは互いの袖を敷き交わすが、ひとり寝は片袖を敷いて寝ることになる。
※ひとりかも寝む・・・ひとりで寝ることになるのかなあ。

正治2年(1200年)、後鳥羽院が人々に提出を命じた「正治百首」の中の1首です。
この歌をおさめた『新古今和歌集』でも、作者藤原義経の家集でも、この歌は秋の部に配列されています

これも本歌取りの歌です。
本歌と思われるものはたくさんあるのですが、ここでは分かりやすいものを2つあげておきたいと思います。

1つは、『古今和歌集』・巻十四・恋四・六八九の歌。
さむしろに 衣かたしき 今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫
(窮屈な筵にひとり寝をして、今晩も私をまっているのだろうか。あの宇治の橋姫は。)
「宇治の橋姫」というのは、宇治橋の守り神のこと。歌の作者が、自分のなじみの女性を、宇治橋の守り神にたとえたと考えられています。

もう1つは、『拾遺和歌集』・巻十三・恋三・七七八の歌。
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む
(山鳥の長く垂れ下がった尾のように、長い長いこの夜を、私はたったひとりで寝ることになるのかなあ。)
これは『百人一首』3句目の柿本人麻呂の歌です。




『 作者について 』

藤原義経 (1169~1206年)

忠通の子。
従一位摂政太政大臣に昇ったが、38歳で急死。
俊成・定家に和歌を学び、和歌所の寄人となる。
漢詩文に通じ、書もよくした。
家集に『秋篠月清集』がある。

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