2017/08
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百人一首 89♪
たま を   た      た
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
しの       よわ
忍ぶることの 弱りもぞする (式子内親王 しょくしないしんのう)



『 読み方 』
タマノオヨ タエナバタエネ ナガラエバ 
シノブルコトノ ヨワリモゾスル

『 現代語訳 』
「私の命よ、絶えてしまうのなら絶えてしまえ。このまま生き長らえていたならば、たえ忍ぶ心が弱まって、人目につくようなことにでもなると大変だから。」

※玉の緒よ・・・わが命よ。「玉の緒」の原義は「玉を貫き通す紐」。転じて、魂を身体につなぎとめる糸、すなわち「命」の意となった。「絶え」「ながらへ」「弱り」はすべて「玉の緒」の縁語。
※絶えなば絶えね・・・絶えてしまうのなら絶えてしまえ。
※ながらへば・・・生き長らえたならば。
※忍ぶる・・・こらえる。
※弱りもぞする・・・弱っては大変だ。「もぞ」は72句の歌に出た「もこそ」と同じ。懸念する気持ちをあらわし、「~ては大変だ」などと訳す。

「忍ぶる恋」という題で詠まれた歌。
この歌をおさめた『新古今和歌集』の詞書によって、百首歌の中の1つだということはわかるのですが、いつどういう状況で詠まれた百首歌であるのかは分かっていません。

式子内親王の代表作。
『百人一首』の中でも指折りの名歌として、古来評判の高い作です。

まのをよ! えなばえね!
「わが命よ」と強く呼びかけるところから、この歌は始まります。
「夕」の音を繰り返した調べが、内容の激しさに拍車をかけながら、「絶えね」の命令まで一気になだれ込んでいるかのようです。
「わが命よ、もし絶えるのなら、絶えてしまえ!」。

長らへば 忍ぶることの 弱りもぞする
そのつよい調子が、後半では一転して、切なく悲しい調べに変わります。
「これ以上生き長らえると、人目を忍ぶことが出来なくなるかもしれないから・・・・・」。
自分で自分の命に「絶えね」と命じたのは、忍ぶ恋の発覚する恐れがあるからでした。
題詠の歌ですが、題詠とは思えない切実さが、読む者の胸にせまります。



『 作者について 』

式子内親王 (?~1201年)

後白河院の第三皇女。
賀茂の斎院をつとめるが、病気により退下(たいげ)。
独身のまま、建久5年(1194年)ごろ出家。
叔父・崇徳院、兄・以仁王、甥・安徳天皇など、肉親がつぎつぎに非業の死を遂げ、自身も晩年陰謀事件に巻き込まれた。
家集に『式子内親王集』がある。



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