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百人一首 64♪
あさ     うぢ  かはぎり
朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに
           せぜ    あじろぎ
あらはれわたる 瀬々の網代木 (権中納言定頼 ごんちゅうなごんさだより / 藤原定頼 ふじわらのさだより)



『 詠み方 』
アサボラケ ウジノカワギリ タエダエニ
アラワレワタル セゼノアジロギ

『 現代語訳 』
「夜がほのぼのと明ける頃、宇治川にかかった霧がとぎれとぎれになって、その間から点々とあらわれ始める、川瀬川瀬の網代木よ。」

※朝ぼらけ・・・夜がほのぼのと明ける頃。
※宇治の川霧・・・宇治川に立ちこめている霧。宇治川は琵琶湖に源を発し、京都盆地を経て、大阪湾に至る。上流を瀬田川、宇治に入って宇治川、淀から先は淀川という。
※たえだえに・・・とぎれとぎれに。
※あらはれわたる・・・あらわれてくる。霧が晴れるにつれて、あちこちで、霧の奥の景色が次第にあらわれ、広がっていくようすをいう。
※瀬々・・・あちこちの川瀬。「瀬」は川の浅いところをいう。
※網代木・・・網代の杭(くい)。「網代」は、氷魚(ひお)をとるために、竹や木を編んで、川瀬に立てる装置。「網」の「代」わりだから、「網代」という。冬の宇治川の風物詩だった。

作者の定頼が宇治に出かけたときの作。
冬の早朝の美しい景色を、墨絵のように詠みあげた叙景歌(じょけいか)です。

山深い宇治には、平安貴族の山荘がたくさんありました。今風に言えば別荘ですね。
そのどこかに泊まった定頼が、朝起きて目にした光景は、都ではとても見られない珍しいものでした。

夜がほのぼのと明け染める頃。
宇治川に立ち込めていた霧が動き出しました。その霧の絶え間から、じわじわと姿をあらわしたのが網代です。
網代あ氷魚(鮎の稚魚)をとるための仕掛けで、冬の宇治川の風物詩として知られていました。

目をつぶって、作者の視界を想像してみてください。
パチャパチャパチャ・・・。
暗闇の中で、水を受けた網代が音を立てています。
ふいに、ほのかな光。
夜が明けてきました。
霧が流れます。
その隙間に見え隠れする・・・あれは何?
ひょっとして、あれが網代木!

網代に焦点を絞りながら、時の流れを動的につなぎとめ、冬の宇治川を一幅の淡彩画(たんさいが)に仕立てあげた技量は、まことに見事というほかありません。




『 作者について 』

権中納言定頼995~1045)=藤原定頼

公任(きんとう)の子。母は、昭平親王の娘。
正二位権中納言まで昇進。
四条中納言と呼ばれた。
能書家で、誦経(ずきょう)もうまかったといわれる。
多くの女流歌人と交流し、さまざまな逸話を残す。
家集に『権中納言定頼集』がある。
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